弁護士の彼 後編
「ん・・・うぅ」
美味しそうな匂いが鼻をつき、眠っていたセイはうっすらと意識を取り戻した。
一体どこから漂ってきているのだろうと不思議に思いながらも、書くセイしきれていないセイは、再び眠りに尽きそうになった。
近くからは、人の話し声が聞こえる。
うまく働かない頭で考えるが、自分がテレビをつけたままだった事をぼんやりと思いだし納得した。
体が重い。
どうやら飲み過ぎたようだ。
調子に乗って次から次に缶チューハイを飲み干していった。
途中からあまり記憶がない。
いつの間に寝てしまったのかもわからない。
今何時なんだろう?
セイは時間を確認しようと、うっすらと目を開いた。
「・・・・・・・・・・」
あれだけ飲んだのだ。
きっとまだ酔いが醒めていないのだろう。
ニコニコと微笑みながらこちらを見ている沖田の幻影が見える。
会いたくて仕方がない気持ちが、幻まで見せているのかと、セイは酔っぱらいながらも悲しくなった。
もっと見ていたいのだが、気持ち悪くなってきた。
水を飲もうと立ち上がりふらふらとキッチンに向かった。
「あれぇ?」
キッチンには、ラップに巻かれた料理が何品も並べられている。
美味しそうな匂いの元はこれだったのかと納得が行った。
しかし、いつ・誰が作ったのだろうか。
酔っぱらいながら自分が作ったのか?
どうも理解出来ないが、大量に飲んだ酒が抜けていない状態では到底考える事も出来ない。
「ま、いっか」
そう呟くと、セイはグラスに水を汲み再び自分の寝ていた場所まで戻ってきた。
「・・・・・・・」
何故かまだそこには沖田の幻がいる。
セイはいつまでこの幻影は見え続けるのだろうかと、首をかしげた。
でもどうせ見えているのだ。
会えない分幻で我慢しようと、じっと沖田の顔を見つめた。
じっと見つめているが、沖田もこちらを見つめている。
優しい目だなぁ・・・
本当の沖田さんも、いつもこんな優しい目で私を見つめてくれる。
そんな事を考えながら、うっとりと沖田の顔を見ていたその時。
「気分はどうですか、富永さん」
「・・・・・・・・・・・・・。」
セイは思わず固まった。
そして。
「きゃぁぁぁぁっ」
バシャッ
「うわっ 何するんですか、富永さん!!」
いきなり沖田の幻がしゃべりだした事に驚いたセイは、思わず持っていたグラスの水を沖田に向ってぶっかけてしまった。
水をかけられた沖田は、急いで布巾を手に取りカーペットよ拭き始めた。
その様子を、呆然としながらセイが見ている。
「まだ酔いが醒めてないようですね」
苦笑いしながら沖田はセイに訊ねた。
「お、お、おきらさん・・」
驚きと酔いでロレツが回らない。
「良く眠ってましたねぇ」
最後に自分のシャツを拭き終わると、沖田はにっこりと微笑んだ。
「幻じゃない・・」
「ぷっ 何ですか、幻って」
「な、な、何でっ」
くらくらする頭を抑えながら、必死で言葉を出そうとするが出てこない。
「何度も電話したんですよ? 仕事早めに切り上げて帰って来たのに・・」
悲しそうにそう言う沖田に、セイは更に目を大きく見開いた。
「えぇっ!?」
「もしかして寝てるのかと思ってここに来てみたら鍵が開いてて。 悪いとは思ったのですが、中に入らせてもらいました」
「・・・・・・・」
沖田の話を聞いていたセイの顔が、みるみる赤く染めあがった。
自分の醜態を見られてしまった・・・・
この上なショックを受けて、セイは何も言えなくなってしまった。
ふと周りを見渡すと、あれだけ飲み散らかした空き缶が、全て綺麗に片づけられている。
「も、も、もしかして・・・ お部屋片付けて・・・」
「はい。 ついでに良く寝ていたようなので、食事作ってみました。 味は保証できませんけど・・」
なるほど・・・
あれは沖田が作ってくれた料理だったのか・・
酔いつぶれて寝ているセイを見られた挙句、料理まで作らせてしまった・・・
セイはガックリと項垂れた。
「どうしました? まだ気持ち悪いですか?」
沖田はセイが体調を悪くしてしまったのかと心配してセイの元に近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
優しく背中をさすりながら、セイの顔を覗き込む。
「ごめん・・・なさい・・」
小さな声で、ポツリと呟いた。
「何故謝るんです?」
「だって・・ せっかく私の為に早く帰って来てくれたのに・・ 私ったら・・・」
それを聞いた沖田は、ふふっと笑った。
「何言ってるんですか。 おかげであなたの無防備な可愛い寝顔を見られましたよ」
「えぇぇぇ??」
セイは泣きそうな顔を上げた。
「だって、あなたってばいつもしっかり者って感じで、全然隙を見せてくれないんですもん」
「そんな事・・」
「それに、あなたが寝ていてくれたおかげでゆっくり料理が作れましたし」
「そんなっ! 私が作らなきゃいけないのにっ」
「今日くらいは作らせて下さいよ」
「え?」
セイは不思議そうに首をかしげた。
「だって、今日はあなたのお誕生日でしょう?」
沖田の言葉に、セイは驚いた。
「え・・・ どうしてそれを・・・」
「ほら、前にあなたのお友達とお茶した事あったでしょう? その時にこっそり調査しちゃいました」
いたずらっ子のように笑った沖田に、セイは恥ずかしくなった。
数か月前、たまたまセイの勤務している病院の近くに来た沖田と、同僚の看護師を交えてお茶をした事があった。
しかし自分のいないところでそんな事を沖田が聞いていたとは、知らなかった。
絶句しているセイに、沖田が優しく微笑む。
「お腹空いてるでしょう? 私はお腹ぺこぺこなんです。 食べませんか?」
「は、はいっ! 私もお腹ぺこぺこです!」
その後、沖田が作ってくれた食事をセイは一口一口味わいながら食べた。
正直酒が抜けきっていないセイには重かったのだが、沖田が作ったというだけでとても美味しく感じた。
「ごちそうさまでした。 本当に美味しかったです」
その言葉に、沖田は満足そうに微笑んだ。
「良かった。 一人暮らしが長かったので、簡単な料理だけは出来るんですよね」
「簡単だなんて・・ 私よりも上手ですよ」
「何言ってるんですか! あなたの作る食事は世界一ですよ!」
お互い褒め合って、目を合わせて笑い合った。
「そうだ。 甘いものあるんですけど、まだ入ります?」
「甘いもの?」
「えぇ。 お誕生日だし、ケーキがあるんですけど」
「本当ですか? 嬉しいです!」
誕生日ケーキを彼氏から贈られるなど、生まれて初めての事にセイは嬉しくて思わず声を上げてしまった。
「良かった。 すぐ用意しますから、少し待ってて下さいね」
そう言うと、沖田は立ち上がった。
「あ、それくらいは私がっ!」
慌てて腰を上げたセイを、沖田はやんわりと制した。
「今日は私がやります。 あなたはゆっくり休んでてください」
セイは申し訳なく思いながらも、その言葉に甘える事にした。
「わぁっ チョコケーキだっ」
「前に喫茶店に入った時に、あなたがチョコケーキを頼んでるのを見て好きなんだなぁと思ったんです」
「ありがとうございます」
そんなところまで見てくれていたのか・・・
セイは嬉しくなった。
ロウソクを立て、セイが火を吹き消した後、沖田が綺麗にケーキを切って皿によそってくれた。
「どうぞ。 一応人気店で買ったので、美味しいと思いますよ」
「わーっ 頂きます♪」
そう言うと、セイはケーキにフォークを刺した。
ん?
カサッと音を立てて、フォークが何かに当たった感触がした。
セイは不思議に思い、ケーキを割ってみた。
「えっ」
ケーキの中から、赤いリボンのついた小さな袋が出てきた。
思わずセイは沖田の顔を見た。
沖田は何も言わずセイの顔を見つめている。
「あ、あの、これ・・」
「空けてみてください」
セイは袋を手にとり、リボンを解いてみた。
「・・・・・」
中からは、リングが出てきた。
再びセイは沖田を見た。
「貸してください」
沖田はセイからリングを受取るると、セイの手を取り左手の薬指にはめた。
セイは何が起こっているのか分からず、ただされるがままになっている。
「良かった、サイズぴったりだ」
セイの手を見ながら、安堵の息を吐いた。
「沖田さん・・・ これは・・?」
やっとの事で、声を出せた。
「あなたへの誕生日プレゼントですよ」
そう言うと、沖田はセイの手を自分の両手で包み込んだ。
「それと・・ あなたにお話したい事があるのですが・・」
真剣な眼差しに、セイの胸がドキリと鳴った。
「私はまだ仕事を始めたばかりです。 お給料も安いし、まだまだ雑用ばかり押し付けられる新米です。 だから今すぐにとは言えませんが・・ 私と・・・結婚してくれませんか?」
「え・・・」
突然のプロポーズに、セイは言葉を失った。
「もしあなたさえ良ければ、まずはあなたと一緒に暮らしたいのですが」
「一緒に・・?」
「ええ。 一緒に暮らせば、今よりは会える時間も増えるでしょう?」
セイの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
それを、沖田が優しく拭う。
「あなたの気持ちを聞かせてはくれませんか?」
セイはポロポロと涙を流しながら、にっこりと微笑んだ。
「嬉しいです!」
その言葉に、沖田も微笑んだ。
「良かった・・ 断られたらどうしようかと思ってたんです」
「断るだなんて・・」
「正直、あなたと出会うきっかけになったこのマンションを引っ越すのは淋しいですけど、このワンルームでは狭いですからね。 今度一緒にお部屋探しに行きませんか?」
「はいっ! 行きます!」
セイの言葉に、沖田はセイをぎゅっと抱きしめた。
「これから毎晩あなたの寝顔を見れるのかと思うと、楽しみですね」
「・・・・・それは・・・ちょっと嫌かも・・・」
そうは言うが、沖田と共に暮らせるという事が、セイにとっては嬉しくて仕方がなかった。
きっとお互いに忙しい身では、一緒に暮らしても会える時間は限られているだろう。
しかし眠っている顔が見られるだけで元気になれる。
家に帰ると大好きが人が待っていてくれる。
そう考えただけで、セイは幸せな気持ちになった。
「富永さん・・ いえ、セイさん」
「は、はいっ!」
初めて名前で呼ばれたセイは、驚いて思わず声が上ずってしまった。
「今日は・・泊まらせてもらっても良いですか?」
耳元で囁かれた声に、思わず首まで真っ赤になってしまう。
「・・・・・・・はい」
さっきまで十分睡眠をとったのだ。
今日はいくらでも夜更かししても大丈夫。
近づいてきた沖田の顔に、セイはゆっくりと目を閉じた。
そう言えば、今日の恋愛運は、最高だったっけ・・
そんな事をぼんやりと考えながら、沖田に身をゆだねた。