陽だまりの
「お婆ちゃん、今度は違う折り紙折ってよ」
子供たちは、嬉しそうに新しい紙を差し出すと、それを受け取り何を作ろうか悩み始めた。
「じゃあ、君たちの帽子を作ろうかねぇ?」
そう言うと、器用に折り始めた。
ある晴れた日。
縁側に座って日向ぼっこをしていたお婆さんの周りには、沢山の子供たちが円を作って囲んでいる。
「お婆ちゃんは、何でも出来るんだね」
「そんな事ないよ? 君たちよりもすこーし長く生きてるから、知ってるだけだよ」
ニコニコ笑いながら、それでも手を休める事はない。
「あ、そうだっ! この前話してくれたお話の続き聞かせてよ」
手元を見ながら、別の男の子がそういう。
「お話の続き? 何のお話したかしらね?」
「お婆ちゃんの娘さんだった時のお話だよ! あの話、すっごく面白かったんだから!」
「ほんと? まぁ、嬉しい」
そう言いながら、出来上がった帽子を目の前の男の子の頭に被せてやる。
「ありがとう! 帰ったらお母さんに自慢しようっと」
嬉しそうにそう言う男の子を、目を細めて微笑みながら見ると、そのまま視線を空に向けた。
「もう、あの時の仲間だった人たちは、ほとんどいなくなってしまったね」
その昔、兄と慕った人が亡くなったとの知らせを受けたのが数年前の事。
ほんの数年間共に暮らしただけの仲間だったが、自分にとっては生涯忘れる事の出来ない仲間達。
「皆死んじゃったの?」
途端に悲しそうな顔になった子供たちに、おばあさんはほほ笑んだ。
「そうねぇ。 もうあれから何十年も経ってしまったからねえ」
「お婆ちゃんは、まだまだ長生きするんでしょう?」
「ふふふっ 出来れば、あなたたちが大人になるのを見届けたいわねぇ」
それを聞くと、子供たちは一斉に明るい顔になる。
「あっ! そろそろお昼だ! 帰ってお昼ご飯食べないと」
1人の子供がそう言うと、子供たちは家の中にかかっている時計に目をやった。
「本当だ・・ じゃあ、お婆ちゃんまた来るね」
「いつでもおいで。 待ってるからね」
そう言うと、子供たちはお婆さんに手を振って走って帰って行った。
子供たちがいなくなると、にこにこと笑いながらお茶をすする。
「私もお昼にしようかしら」
ゆっくりと立ち上がって台所へ向かおうとした時。
「お婆ちゃーーん」
また庭から声が聞こえる。
振り返ると、お隣の奥さんが立っている。
「あらあら、絹江さん」
再び縁側に「よいしょ」と言いながら座ると、絹江も隣に腰をかけた。
「おこわご飯を炊いたのよ。 お昼まだなら一緒にどうかと思って」
絹江は、手元の包みをほどいて、中から赤飯を取り出した。
「あら、良いの? 悪いわねぇ」
「一緒に食べた方がおいしいでしょう?」
「じゃあ私はお茶碗とおかずを用意してくるわ。 どうぞ上がって」
お婆さんは立ち上がり、台所へ向かった。
一式を盆に載せ、居間へ行くともう1人来客者が増えていた。
「あら、雅子さんもいらしてたのね」
近所の奥さんがまた1人、絹江とおしゃべりをしながら座っていた。
「ええ、おばあちゃんに沢庵でもどうかと思って持ってきたのよ」
「ありがとう。 今日のお昼ご飯は豪勢だわ」
嬉しそうに微笑むと、雅子の分の茶碗も取りに行く。
3人は他愛もないおしゃべりをしながら、食事をした。
絹江も雅子も、自分の亭主の愚痴を面白おかしく話している。
それをお婆さんは「うん うん」と相槌をうちながら聞いていた。
「あら、もうこんな時間?」
「やだ。 早いわねぇ」
ご飯を食べ終わっても終わらない話は、3時間も続いた。
「お洗濯もの干しっぱなしにしちゃってたから取り込まないと」
「私もだわ」
2人は急いで立ち上がると、そのままになっている茶碗を片付けようとした。
「いいのよ。 そのままにしておいて。 私がやるから」
2人を制して、お婆さんはにこにことそう言うと、2人は申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさいね」
「ありがとう。 また来させてもらうわね」
「いつでも待ってるわ」
お婆さんに挨拶をすると、2人は家を出て行った。
1人になったお婆さんは、台所へ向かい洗い物を始めた。
生涯独身を通したお婆さんは、ずーっと1人暮らし。
でも淋しいなど思ったことがない。
いつもこうやって近所の子供たちやお友達が遊びにくる。
結婚しなかったことを後悔した事など1度もない。
洗い物を終え、日が落ちてきた庭を見た。
夕暮れの太陽が、庭にある池の水をきらきらと輝かせている。
「一服しようかしら」
またお茶を入れると、お婆さんは縁側に座った。
そして、思いついたようにタンスの上に置いてある額縁に入った古ぼけた写真を手に取った。
「本当に・・ あれから何年経ってしまったのかしらね」
写真には、若く背の高い男性と、可愛らしい女の子が写っている。
お婆さんは、男性の顔を指で優しく撫でた。
「あの時、この写真を撮っておいて本当に良かった」
男性の目を細めながら眺めていると、何だか眠気が襲ってきた。
お婆さんは、睡魔に勝てず、そのうちこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
「お婆ちゃんっ! お婆ちゃん! いないのかい?」
玄関から聞こえた声に、はっとして目を開いた。
辺りはすっかり真っ暗になっている。
お婆さんは急いで立ち上がると、玄関に向かった。
「玄さん。 どうしたの?」
玄関を開けると、近所の玄が桶を持って立っていた。
「今日は大漁だったんだよ。 ほら、お婆ちゃんにも1匹持って来てやったから、食べてくれよ」
そう言うと、玄は魚の入った桶を差し出した。
「まぁ、ありがとう! これは?」
「ヒラメだよ。 まだ生きてるから、食べたい時にでも食べてくれ」
「ヒラメ・・」
お婆さんは、桶を受け取りながらも、ぷぷぷっと噴き出した。
「どうしたんだい?」
突然笑い出したお婆さんを不思議そうな顔で覗き込む。
「ううん、何でもないよ。 ヒラメは大好きだから嬉しいわね」
「そうかい。 じゃあまた獲れたら持って来てやるからよ」
「いつもありがとね」
「じゃあ、戸じまりして寝てくれ」
玄は、元気にそう言うと家を出て行った。
お婆さんは、ヒラメの入った桶を台所に置くと、その場に座り込み桶を覗き込んだ。
「ヒラメ・・ ぷぷぷっ」
また何かを思い出したようにお婆さんは笑った。
あの人は、ヒラメに似ていた。
黒ヒラメと呼ぶと、ぷぅっと頬を膨らませて怒っていたあの人の顔が、ついこの間の事のように思い出される。
「そうだ。 編み物がまだ残ってたかしら」
もうすぐ冬になる。
寒くなる前に、上着を編んでいたのだが、まだ途中だったのを思い出した。
編みかけになったものを手に取ると、お婆さんはのんびりのんびり編み始めた。
どのくらい編んでいただろう。
ふと視線を感じた。
「?」
不思議に思って周りを見渡すが、誰もいない。
「気のせいかしら?」
そう思って視線を手元に戻した時。
視界に2本の足が見えた。
顔を上げると、目の前に懐かしい笑顔のその人が立っている。
「おっ・・・!!」
あまりに驚いたお婆さんは、目を見開いた。
「やっと気づいてくれましたか?」
その人は、にっこりと微笑むとお婆さんに近づいてきた。
「え、え??」
あまりに驚いているせいか、声も出ないようだ。
「あなたはいつでもどこでも人気者ですねぇ」
嬉しそうにそう言うと、お婆さんの座っている前に座り込んだ。
お婆さんは、思わずヒラメの入った桶に目をやった。
それを見て、目の前の人は噴き出した。
「やだなぁ! ヒラメの精じゃないですよう」
「うそ・・ 本当に?」
目の前にいる人が信じられなくて、お婆さんは挙動不審にヒラメと男性を見比べている。
「ずっと、あなたの近くにいたんですよ。 神谷さん」
「・・・・え」
まじまじとその男性を見ているお婆さんの瞳には、涙が溢れている。
「本当に・・ 沖田先生なのですか?」
「そうです。 いつもいつもあなたに呼びかけていたのに、ちっとも気づいてくれなかったけど。 ずっと見守っていたのですよ」
優しいまなざしで自分を覗き込んで来るその人に、とうとうお婆さんの瞳からは次々と涙が零れ落ちてきた。
「おやおや、あなたはその年になってもまだ泣き虫はなおってなかったんですか?」
とうとう声を上げて泣き出してしまったお婆さんの頭を、優しく撫でる。
その手が思い出の中の優しさと同じで、更にお婆さんは嬉しくて胸が詰まった。
「おいでなさい」
そう言うと、沖田先生と呼ばれた男はお婆さんを自分の腕の中に収めた。
「と、年を取ると涙もろくなるのです・・」
悔しそうに泣きながらそういうお婆さんに、沖田は更に笑った。
「あはっ あなたは子供の時でも泣き虫でしたよ」
「・・・・。」
「本当に・・ こんなにも長い間1人にしてしまってすみませんでした」
お婆さんの背中をぽんぽんと軽く叩きながら、申し訳なさそうに言った。
「あなたは幾つになっても可愛らしいから、見ていて心配で心配で仕方なかったですよ」
その言葉に、お婆さんはゆっくりと腕の中から離れた。
「可愛いだなんて・・ もうすっかりお婆ちゃんになってしまいました。 ほら、手なんてこんなに皺くちゃで・・」
そっと手を沖田の前に出した。
沖田は愛おしそうにその手を両手で包んだ。
「どこが皺くちゃなんですか? こんなにも可愛らしい手をしているのに」
「顔も腕も足も、全て皺だらけですよ。 お見せするのも恥ずかしい」
仄かに赤く頬を染めたお婆さんは、沖田から手を抜くと、自分で包みこんで隠そうとした。
「良く見てごらんなさい。 皺なんて1つもないでしょう?」
「え?」
沖田の言っている意味が良く分からず、自分の手を見た。
「・・・・っ!?」
それは、見なれた皺くちゃの手ではなく、どこからどう見ても張りのある若々しい手。
「ほらね? あなたには皺など1つもありませんよ」
お婆さんは驚いて立ち上がると、自分を見下ろした。
「えっ!?」
ふくよかな体が、いつの間にか鍛えられた若い体になっている。
近くに置いてある粗末は鏡台に向うと、鏡に掛けてある布をはがした。
「うそ・・」
そこには、写真の中でしか記憶にない自分の若かりし頃の顔があった。
「ほらごらんなさい。 あなたはいつまでも若くて可愛らしい人なのですよ。 だから、私は心配で心配で仕方なかったのです。
いつ誰にあなたが嫁いで行ってしまうのかと」
鏡に映るその人に振り返ると、おいでおいでと手まねきをしている。
心なしか、歩く体も軽い。
「私の体は一体どうしてしまったのでしょう?」
「どうにもなっていませんよ、おセイさん」
自分の元へ来た、セイと呼ばれた女の子を抱きしめると、耳元で囁いた。
「もう、これからはずっと一緒にいましょうね。 やっと私の存在に気づいてくれたのですから」
「傍に置いて下さるのですか?」
「もちろんです。 私はいつだってあなたの事を見守ってきたのですから」
その言葉ににっこり微笑むと、セイは沖田の胸に顔をうずめた。
「私も、ずっと、何十年も沖田先生の事だけを想っていました。 これからはずっとお傍に置いて下さい」
「お婆ちゃん! いないのぉ〜?」
玄関から声が聞こえる。
「おっかしいなぁ。 今日は朝から買い物に行こうって約束してたのに・・ まだ寝てるのかねぇ」
そう言いながらも、家の中に入ってくる足音が聞こえる。
「あ、いた。 もう、こんな所で寝て。 ちゃんとお布団で寝ないと風邪をひくでしょう」
居間で、ちゃぶ台に顔を乗せて寝ているお婆さんを見て、声をかけた。
「ほら起きて、お婆ちゃん」
揺すってみるが、びくともしない。
「お婆ちゃん?」
お婆さんの顔を覗き込んで、しばらくして驚きで眼を見開いた。
「た、大変だっ! 誰か! 誰かーーーっ!!」
慌てて家を出て行く足音が聞こえたかと思うと、すぐに数人の男女の声とともにドカドカと家に上がってくる足音が聞こえた。
「お婆ちゃん!」
「嫌だ、こんなにあっけなく逝っちゃうなんて!」
「昨日まであんなに元気だったじゃない」
お婆さんの周りでは、何人もの人が涙している。
「それにしても、何て幸せそうな顔をしてるんだろうね」
「本当に・・」
「きっと、前に言っていた昔の恋人が向かえに来たんだよ」
その場にいる者たちは、涙でぬれた目で一斉にお婆さんを見た。
お婆さんは、写真を握り締めたままそれは幸せそうな顔で、息を引き取っていた。