愛別離苦  後編



「お待たせしました」
その声に振り向いた総司は、ハッと息を呑んだ。

そこにいたのは、桜色の振り袖に身を包み、ほのかに化粧を施したすっかり大人になった1人の女性だった。
あれから何年経ったのだろうとその時初めて総司は考えた。
このような姿をすると、以前よりもうんと大人びたのが良く分かる。
想像よりも遥かに美しい姿をしたセイに、総司は言葉を失くして見入ってしまった。


「あの・・・ 変でしょうか」
振り向くなり何もしゃべらず自分を凝視している総司に、セイは照れくさくて下を向きながら小さな声で訪ねた。


「あっ いえっ」
セイの問いかけに、我に返った総司は咄嗟に言葉が出なかった。

「やっぱり着替えてきますっ」
慌てて隣の部屋へ戻ろうとするセイを、総司は引き止めた。
「待ってくださいっ!」
「えっ?」
振り向いた拍子に、セイの髪にささっている簪が揺れた。

「どうかそのままで・・・  とっても奇麗ですよ、おセイさん」
総司の言葉に、セイは目を見開いた。
まさか総司の口からそんな言葉が出てくるとは。

「あ、ありがとうございます」
それだけ言うのがやっとだった。


「では、行きましょうか」
そういうと、総司は縁側に立ち、セイに向かって手を差し出した。
セイははにかみながらも、総司に近づき手を取り草履を履いた。



以前良くこうして手を繋いで京の町を歩いたなぁとセイは懐かく思っていた。
そっと総司の顔を見上げると、その視線に気づいた総司がセイに振り返る。
その瞳はとても優しくて、セイは嬉しくなった。

ただこうして手をつないで歩いているだけなのに、セイはとても幸せだった。

このまま先生の病が治ってしまえば良いのに・・・


「先生、お辛くなったらすぐにおっしゃって下さいね。 くれぐれも無理はしないで下さい」
「そんな年より扱いしないで下さいよぅ。 大丈夫ですから」
セイは総司の病を気遣い、総司はセイの歩幅を気にしながら2人はゆっくりと目的もなく歩き続けた。


「あ、あそこに出店がありますよっ! 行ってみませんか?」
川の橋の上で、なにやら色とりどりの物を売っている屋台を見つけたセイが、嬉しそうに指差しなが言った。
「本当ですね。 何でしょう?」
2人が店の近くまで来ると、それはかざぐるまだった。

「わぁっ 可愛いっ かざぐるまですよ」
「こんな時期に珍しいですねぇ」
セイは嬉しそうにかざぐるまに見入っている。

「気に入ったのがあれば、買ってあげますよ」
「えっ 良いですよ」
可愛いと思い手に取ろうとした瞬間、総司にそのように言われ慌てて手を引っ込める。

「私のわがままを聞いてもらったお礼です。 どれが良いですか?」
しばらく総司の顔を見上げて逡巡していたセイだったが、にっこりと微笑んだ。
「本当に良いんですか?」
「はい、どれでもお好きなものを」

セイは、人差し指を顎にあてながら、う〜んと考えている。
その可愛らしい横顔に総司は思わず見とれてしまった。

「じゃあこれにしますっ!」
そういうと、1本の赤いかざぐるまを手に取り笑顔で総司を見上げた。

「あ、はい。 で、ではそれをもらえますか、ご主人」
セイに見とれていた事に気づかれないよう、急いでセイから顔を逸らし、店主に金を払った。

「嬉しいっ! 大切にしますねっ」
かざぐるまを手に持ち、嬉しそうに「ふぅっ」と息をふきかけているセイを見て、総司も嬉しくなった。

「少し、休んでも良いですか」
さすがに少し疲れが出てきた。
「えっ 大丈夫ですか? どこかゆっくりできるお店でも・・」
あたふたと周りを見渡すセイを、総司はやんわりと制した。

「少し座って休めば大丈夫ですから。 そこの川原にでも行きましょう」
そういうと、セイの手を取り橋のすぐ横の川原に向かった。


「あぁっ 風が気持ち良いですね」
さぁっと吹き抜ける春風に、総司は気持ち良さそうに目を瞑った。

「あっ 先生見てくださいっ! かざぐるまがぐるぐると回ってますよ」
よほど総司からの贈り物が嬉しかったようで、さきほどからかざぐるまから意識を放そうとしない。

「あははっ それは良かったですねぇ」
そんなセイが可愛くて仕方がない。


「皆が命がけで戦っているのに、私だけこんな所でこんな事をしていて良いのでしょうか」
「・・・沖田先生」
「今皆はどの辺りにいるんだろう。 近藤先生はご無事かな」
「局長をお守りする為にも、早く先生は良くならないとですね」
セイはにっこりと微笑んだ。
「そうですね」

この病はもう治らない。
だが、その事を2人ともわかってはいても言葉には決して出さない。

覇気のない総司の返事に心配そうに見つめるセイの顔を、総司は見つめ返した。
心なしか、セイの瞳が潤んでいるような気がする。


何て奇麗な人なんだろう。


今までも分かっていた事だ。
本当ならこんな所でこんな人間の看病をしているべきではない人。
どこかの立派な家に嫁いでいてもおかしくない年齢にもなっている。

なのに、どうしても手放せない。


自分を見つめている総司に、セイは不思議そうに首をかしげた。
その仕草に、総司はドキリとする。

薄く開かれているふっくらとした唇。
無意識のうちに、その唇にそっと触れていた。

セイは、総司の突然の行動に顔を真っ赤にして動けないでいる。
ゆっくりと唇の輪郭をひと撫でしたその手は、セイの頬に当てられた。

「あなたは… 私が死んだらどうするつもりですか?」
「な、何をおっしゃって…」
顔を真っ赤にしたまま、セイは反論しようとした。
しかし、総司は真剣な顔のままセイの目を見た。
「あなたが何と言おうと、私がどう足掻こうと、私の命はもう長くない。 それはあなたも理解しているはずです」

見つめられているセイの目から大粒の涙が零れ落ちた。

「私が死んだら、あなたはどうするのですか? もしやまた男装して土方さんの元へ行くのですか? それとも、このまま女子に戻って誰かに嫁ぐのですか?」
「どうして…そんな事…」
セイは何故そんな事を突然総司が言い出すのかが分からなかった。

「あなたの事が心配だからですよ。 本当はあなたはこんな所にいるはずの人ではありません。 もっとあなたには進むべき道があったはずなのに…」
そう言うと、総司は悲しそうに視線を落とした。

「なのに私は、自分の命が短いのを分かっていながらあなたを自分の元に留めてしまったのです。 それも私情で」
「それは私自身が決めた事ですっ!」
思わずセイは声を荒げた。

「私は、これまでずっと誠の為ならいつ命を落としても良いと思ってきました。 でも、それとは別に共に生きて行きたいと思う人が出来ました」
総司は、ポロポロと零れ落ちる涙を頬に当てた手で拭いながら優しく言った。
「生まれて初めてそんな風に思える人に出会えたのです」

「そんな人が…?」
総司の言葉に、セイの瞳が曇る。

「あなたですよ、神谷さん」

「えっ」

「これがどういう感情が今まで分からなかった。 何故あなたに対してだけはそう思うのか、分からなかった。 と言うよりも、分からないフリをしていただけかも知れません」

「どういう・・・意味ですか?」
セイは、総司の言っている意味が全く理解できなかった。

「私はずっとあなたの事を愛しいと思っていました」
ゆっくりと、かみ締めるように言った言葉を聞き、セイの思考が止まる。


「こんな事、最期まで言うつもりはありませんでした。 でも、何だか今日のあなたを見ていたら素直にいう事が出来ました」
ほんのりと頬をそめながらそう言う総司に、セイの目からは更に涙が流れた。

「だから、あなたの事が心配で仕方ないんですよ。 私なんかの為にこんな所にいる羽目になってしまったあなたの事が」

「それは違います」
そういうと、セイは自分の頬に充てられた総司の手に自分の手を乗せた。

「私も、ずっと先生の事をお慕いしておりました。 私が先生と一緒にいたいと思ったから、ここにいるのです。 この先の事なんて考えられません。 今は、先生と共にいる事以外は何も望んではおりません」

「神谷さん・・・」
まさかセイからそんな言葉が返って来るとは思っていなかった総司は、目を丸くしてセイを見た。

「だから、お願いです。 先生のご病気が治るまで、ここに置いてください。 先生がいなくなった後の事なんて、考えたくありません」

先ほどまで泣いていたとは思えぬほど、強い眼差しを総司に向ける。

「こうしている事で、あなたに病をうつす事になるかも知れません」
「構いません。 もしうつったら、私はきっと治してみせます。      ・・・先生と共に生きる為に」

きっぱりと言うセイに、総司は驚いた顔をして、そして嬉しそうに笑った。

「あなたにそう言われると、本当に病など治ってしまう気がしますね」
「治る気がするのではなく、治るのです。 先生は絶対に死にません」


総司は、じっとセイの目を見つめた。
セイも総司の見つめ返す。


「あなたに病をうつしてしまうかも知れません。 それでも、私のわがままを聞いてもらえますか?」
セイは総司の言いたい事がすぐに分かった。
少し顔を赤らめながら、ゆっくりと頷く。

しばらくセイの顔を見つめ逡巡していた総司は、意を決したようにセイに顔を近づけた。


ほんの一瞬の触れるか触れないかの口付け。

初めて触れたセイの唇からは、甘い香りがした。


「ふふっ 神谷さん真っ赤ですよ」

セイは、反論する事もせず、潤んだ瞳で総司を見た。

「そんな目しないで下さい。 もう1度したくなるじゃないですか」
「先生となら・・ 何度でもしたいです」

その言葉に、総司は心底嬉しそうに微笑んだ。
そして、またセイに口付けをする。
今度は深く深く。


いつまでこうして共にいられるかは分からない。
でもどうしても離れられない。

「ずっと私と生きてくれますか」
「はい」


総司はセイの指に自分の指を絡めた。

「愛してますよ、おセイさん」










見つめあった2人の間を、優しい風が吹いた。




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