愛別離苦 前編
「沖田先生、またそんなところにいらっしゃったんですか?」
縁側でぼーっと庭を見ていた総司の元に、優しい声とともにふわっと羽織がかけられた。
「しかもこんな格好で。 お風邪を召されても知りませんよ?」
そう言うと、セイは総司の隣に同じように腰をかけた。
「だってこんなに良いお天気なんだもの。 部屋の中でずっと布団の中にいたってつまんないじゃないですか」
総司は空を見上げながら、うーんと背伸びをした。
「ふふっ 今日は随分とお体の調子が良いみたいですね」
「そうなんです。 お散歩にも行けそうなくらいですよ」
そういうと、総司はセイを見てにっこりと微笑んだ。
総司は、数ヶ月前から肺病を発病していた。
療養の為隊を離れ、ここ千駄ヶ谷にやってきた。
「良いですねぇ、昼餉を食べたら少し外に行きましょうか」
いつになく顔色の良い総司を見て嬉しくなり、思わずそう言ってしまっていた。
「本当ですか? あなたのお許しが出るなんて、本当に良い日だ」
「どういう意味ですかっ!」
総司の言葉に、セイは頬を膨らませた。
「だって、あなたったらここに移ってきてからというもの、私が何かしようとすると目を吊り上げて怒り出すんですもの。 この間なんて、あなたの頭に角が見えましたよ」
そういうと、総司はあははははっと腹を抱えて笑い出した。
「それは沖田先生がご自分のお体を考えないで稽古を始めようとしたり、隠してあるお八つを見つけては私の見ていないところでこっそり食べようとしたりするからでしょう!」
「ぷっ あははははっ ほら、また角が見える」
ゲラゲラと笑っている総司を見て、セイは更に頬を膨らませた。
「もう沖田先生なんて知りませんっ! 今日のお散歩は中止です。 それにお食事の後のお八つもなしですっ!」
そう言い放つセイに、突如総司の顔が情けない程崩れた。
「えぇ〜っ それはひどいですよぅ! お散歩どころかお八つまでなしなんて〜っ」
「沖田先生が悪いんですからねっ」
そういうと、セイは総司からぷいっと顔を背けた。
「ごめんなさい! 謝りますから〜」
新撰組1番隊組長とは思えない程情けない声で、必死にセイに懇願する。
「私昼餉の用意してきますっ!」
セイは、総司を無視してその場に立ち上がった。
「えぇぇぇぇっ 神谷さ〜んっ」
叫ぶ総司をよそに、セイはさっさと台所へ向かった。
台所へやってきて1人になったセイは、小さくため息をついた。
いつまでこのような生活が送れるのだろう。
最近の総司は、目に見えてやせ細ってきた。
食欲もほとんどない。
甘いものを出せば、嬉しそうな顔をするのだが、本当は自分を気遣って食べたそうなフリをしているdだけだという事にセイは気づいていた。
夜中中聞こえる堰に、胸が痛くなる。
1日に何度も血に染まった布団と着物を取り替える日もある。
視界が涙でぼやけてきた。
セイはきゅっと唇をかみ締める。
もう泣かない。
そう決めたのに、この先の事を考えるとどうしても涙が溢れてくる。
セイは乱暴に袖で目をこすると、食事の用意を始めた。
「やっぱり神谷さんの作る食事は美味しいなぁ」
「そんなおだててもダメですよ」
総司の褒め言葉にも、にこりともせずセイは淡々と箸を口に運んだ。
「本当ですよぅ。 もう、まだ怒ってるんですか? ほんの冗談じゃないですかぁ」
総司は口を尖らせた。
「どうせ私は口うるさいですよ」
「誰もそんな事言ってませんっ! あなたには本当に感謝しているんですよ?」
「・・・・」
セイはチラっと総司に目をやるが、相手にしない。
「だって、病で使い物にならないただの厄介者の面倒を見てくださってるんですから・・・」
ガシャンッ
突然茶碗をちゃぶ台に叩きつけたセイに、総司はビクッとなる。
「どこに使い物にならない厄介者がいるのですか? そんな人がこの家にいたら、私が叩きだしてあげます。 ここには新撰組一の剣豪の沖田先生と、私しかいないはすですよ」
総司の目をまっすぐ見据えてきっぱりとそういうセイに、総司は悲しそうに笑った。
「ほら。 やっぱり優しい」
「二度とそんな事を口にしないで下さい。 でないと、本当にお八つ抜きですからね」
「承知しました。 もう二度と言いません。 だから、お散歩とお八つな抜きにしないで下さい」
「・・・・今回だけですよ」
セイの言葉に、総司は嬉しそうににっこり微笑んだ。
「神谷さん、1つお願いがあるのですが」
「? 何ですか?」
不思議そうに首を傾けるセイに、総司は少し照れくさそうに笑った。
「今日せっかくお散歩に行くのですから、少しおめかししませんか?」
「はぁっ!?」
突然何を言い出すのだと、セイは思わず大きな声を出してしまった。
「だって、ここに来てからのあなたは、女子の格好をしていると言っても私の為に動きやすい着物を選んでるでしょう? もう1度くらい以前見た浅黄の着物を着た時のようなあなたを見てみたいのです」
ここへ着てからのセイは、すっかり女子に戻っていた。
と言っても、髪はいつも後ろで1つに結っているだけ。
総司の世話だけに構っている為、化粧など1度だってした事がない。
「そ、そんな突然言われても・・・」
ほんのり頬を赤く染めたセイは、下を向いてしまった。
「私からの最後のわがままです。 もう二度と言いませんから」
総司の言葉に、セイはばっと顔を上げた。
「最後だなんて言わないで下さいっ!」
「・・・そうでしたね」
セイは、また溢れそうになる涙をぐっとこらえた。
「最後じゃないお願いだったら聞いても良いです」
「ふふっ じゃあ最後じゃないです。 これからもずっと何度もお願いするかも知れません。 それでも良いですか?」
「それなら、良いでしょう」
セイはにっこりと微笑んだ。
後編へ