清三郎は嫌々ながらも女子姿に扮して待ち合わせの座敷へと
土方と一緒に向かっていった。
元気なく俯いて後ろから付いてくる清三郎に土方は振り向くと
「ほう、糞餓鬼でもこうして大人しくしているとそれなりに見えるもんだな。
まあ、相手が女だと思うのも無理ねえわけだ。」
その言葉に清三郎は心底嫌そうに顔を歪めた。
何時もだったら文句の1つも言い返すのだが、今はそんな元気は無い。
先程からずっと胃がキリキリと痛む。
清三郎は重い溜息をついた。
見合いなど今は別にどうでもいい。
心を占めるのはイライラとした態度の総司の事ばかり。
仕事の事で話をする機会があっても、総司は無表情で答えるだけ。
そこまで自分の事を怒っていると思うと、情けなくて泣きそうになる。
(沖田先生・・・。私の事嫌いになったのかな・・・。)
そう思ったが直ぐに
(嫌いと言っても、別に私の事なんとも思ってないよね・・・。)
そんな自分の考えが更に気分を暗くさせた。
「おい、そんな顔をしていると相手が逃げちまう。
お前は笑っているだけでいいんだよ。
後はこっちで上手くやっておくから。」
男が男とお見合いをさせられる事に落ち込んでいると思った土方はそう言って
清三郎の頬をギュッとつねった。
「痛!!!」
清三郎はキッと土方を睨むと
「ふん、元気じゃねえか。」
鼻で笑い待ち合わせの座敷へと向かった。
「すみません。無理やりこんな形でお会いする事になって。」
そう言うのは見合い相手の浅野雅善。
顔合わせをしてから、暫く付き添い人達が話を進めていたのだが
ずっと暗い表情をして俯いているセイに気が付き、
雅善が「外の空気でも吸いませんか」と言って庭に連れ出したのだ。
しかし庭に出たからと言って、セイの表情が変わる事が無くずっと暗い表情で
自分の後ろをついてくる。
新撰組まで巻き込んでの強引な見合い話に怒らせてしまったのかと思い
セイに謝罪したのだ。
突然謝られたセイはビックリして顔を上げると無理に笑顔を作った。
「そ、そんな。気になさらないで下さい。」
「でも、ずっと暗い顔をなさっているから・・・」
そう言って心配そうにセイの顔を見つめてくる。
セイは雅善の優しい気遣いに、何だか申し訳なく感じた。
「大丈夫です。ちょっと心配事があって。」
そう言ってニッコリと笑った。
その笑顔に雅善はホッとする。
この人は本当に純真に自分の事を思ってくれているのだ。
だからこそこんな見合い話を強引に持ち込み新撰組にまで話を持って来た。
セイはそこまで自分の事を思ってくれている事が、素直に嬉しく思った。
そして、
これが、総司だったら・・・・。
そんな風に考えて、再び俯いた。
ボーとしながら話も弾まず歩いていると、急に雅善がセイの左手を掴んだ。
驚いて顔を上げれば、真剣な表情でセイを見つめている。
じっと見つめられて、何だか恥ずかしくなったセイは
「あ、あの・・・。」
掻き消えるような声で手を離すように促した。
しかし雅善は握っていた手に少し力を込めると
「セイさん。私は本気であなたの事が好きです。
一生大切にします。だから・・・・」
私の所に嫁いで下さいそう言って自分の気持をセイに伝えようとした時
いきなり誰かが2人の間に割って入ってきた。
セイは驚いてその人物に目を向けると
そこにはなんと・・・・。
総司がセイを庇うように背中に隠して立っていた。
(お、沖田先生?!)
セイはどうして総司が此処にいるのか分からずこれ以上大きくならない程目を見開いた。
総司の顔を見ると、少し頬を染めながらも相手を威嚇するように真っ直ぐ見ている。
雅善も、突然割って入ってきた男に驚きポカンとしていたが、我に返ると
「何ですか貴方は。失礼じゃないですか。」
声を低くして威嚇し返した。
総司と雅善は睨み合ったまま、お互いの様子を伺った。
セイは広く大きな総司の背中を見ていた。
突然のこの状況についていけず、自分はどうすればいいのかと総司を見た。
総司は何も言わず只セイを隠すように立って何も言わない。
セイも此処は何も言わず、暫く黙って様子を伺う事にした。
(また私が余計なこと言って、新撰組に迷惑かけちゃ・・・。
きっと沖田先生何か考えがあるんだ。)
そんな総司に雅善は腰に挿していた刀に手を掛けた。
どうやら総司の事を、無頼か何かだと思ったのだ。
「彼女を此方に返して下さい。
もし彼女に怪我をさせる事があれば容赦なく斬ります。」
今にも総司を斬り付けんばかりに、腰を低くする。
幾度と無く斬り合いの経験を持つセイは、雅善の目が本気だと言っているのが分かった。
セイは顔を青ざめた。
このままでは、総司が斬られてしまう。
「あ、あの。この人は・・・・。」
そう言って総司の背に隠されていたセイは身を乗り出して止めに入ろうとした。
しかし、それを総司の手によって遮られた。
自分の動きを止められたセイは総司の顔を真っ直ぐ見上げた。
緊張しているのか表情は硬く、口をギュッと噤んでいる。
瞳は、斬り合いの時に見せる冷たい物ではなく、総司にしては珍しく
炎のような熱が感じられた。
セイは今まで見たことのない総司に目が離せなくて見とれてしまった。
黙っていた総司が雅善を真剣な目で見つめながら
「このお見合い、無かった事にして頂けないでしょうか。
もし、そうして頂けるのでしたら、私をその刀で斬り捨てて頂いて結構です。」
総司はそう言ってから、今口にした言葉に自分でも驚いた。
セイに対しての気持ちに気が付くと、どうしてもじっとして居れず
見合い場所まで来てしまった。
来たからと言って何かできるわけも無く、セイ達が出てくるまで庭で待っていようと向かうと、
見知らぬ男がセイの手を掴み見つめている。
普通に考えれば、見合い相手だと分かるのにその時は頭が真っ白になり
2人の間に割って入っていた。
当然、何か策があったわけではない。
只セイを背に庇いながら黙って立つ事しか出来なかった。
その後、相手の男が見せた本気が総司の胸に突き刺さった。
この男は本当にセイの事が好きなのだと。
その瞬間、いまの言葉を無意識に発していたのだ。
自分がそんな事を言うなんて信じられない。
総司の本懐は近藤を守る事。
私情に流され命を落とす事を最も嫌っている。
だから生涯不犯の誓いを立てたのだ。
武士としてなんて無様、しかし1人の男としては後悔は無い。
どこか気持ちがスッキリとしている。
セイは総司の言葉に驚愕した。
(な、何を言っているの、沖田先生。斬り捨てて構わないって・・・。)
「な、何を言っているんですか。」
しかし総司は
「貴方は黙っていなさい。」
目をギラつかせながらぴしゃりと言ってセイを黙らせる。
総司が何を考えているのかまったく理解できない。
初めからこの見合いは形だけの物で、断る事になっている。
総司が此処までして見合いを壊す理由など無い。
そう分かっているが、これ以上セイは何も言えなかった。
言ってはいけないと思った。
2人は暫く睨み合った状態で黙っていたが
「貴方、セイさんとどういう関係ですか?」
低い声で雅善が言った。
その言葉に
「彼女は私の大切な人です。」
そうはっきり言う総司にセイは自分の耳を疑った。
(大切な人って・・・私が?)
総司の言葉がどうしても信じられなかった。
そんなセイの心情を読み取ったのか、総司はセイに顔を向けると
「貴方がお見合いをすると分かってから、
私は貴方の事ずっと好きだった事に気が付きました。
貴方を誰かに攫われるぐらいなら、いっそ貴方を胸に抱いて斬られた方がましです。」
そう言って微笑んだ。
その瞳は、今まで見た事の無いほど真っ直ぐで温かくて・・・優しかった。
セイは放心状態のまま総司の言葉を聞いていた。
ずっと憧れ、その背中に追いつきたくて無我夢中で追いかけていた思い人が・・・・。
その背に近づいたと思ったとたん、直ぐに離れてしまう人が・・・。
絶対自分の事を弟分以外に見てもらえないと諦めていた人が・・・。
セイは総司の背中にしがみついた。
総司の背中から伝わる温もりが、これは夢ではなく現実だと安心させてくれた。
(先生、先生、先生・・・・)
セイの涙が総司の着物を濡らした。
総司はしがみ付いてくるセイに
「セイさん。下がっていて下さい。貴方まで怪我しますよ。」
幾度と無く死線を乗り越えてきた総司の瞳は、死など恐れていなかった。
その真っ直ぐ己の思いを込めた瞳の気迫に雅善は押された。
カッコつけているわけでも、思い人を手に入れる為の演技でもない。
本当にこの男は自分に斬られてもいいと思っている。
自分の大切な人を取られなければ、此処で死んでも本望だと。
こんな馬鹿な男見た事が無い。
大切な人を人に取られたくないと言い、その為ならば斬られても良いと言っている。
一体自分が死んだ後は、どうするつもりなのか?
雅善は視線をセイに向けた。
セイはギュッと総司の背にしがみ付いて離れない。
(セイさんがずっと暗い顔をしていた理由は、これか。)
雅善はフッと笑うと刀にかけていた手をゆっくりと下ろした。
そしてセイを真っ直ぐだがしかし優しく見つめながら
「セイさん。貴方はこの男の事どう思っているんですか?」
尋ねた。
そんな事聞かなくても分かっている。
(私はこの男に負けない程馬鹿だな。)
雅善はふと思った。
雅善に尋ねられてセイはゆっくりと総司の背から顔を上げた。
暫く総司の顔を見つめて、そして雅善へと向き直った。
「本当に、申し訳有りませんが、私はこの人意外の相手は考えられません。
どうぞ、私をお斬りになって頂いて結構です。」
その瞳は濡れていたが、総司と同じように真っ直ぐ
折れることの無い意思を感じられた。
その言葉を聞いて、雅善は腕を組み俯いた。
自分の命を懸けて相手の事を思い合えるなんて・・・。
なんて羨ましい・・・。
「人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んじまえ・・・。」
その言葉を総司とセイは静かに聞いていた。
雅善は爽やかな笑顔を2人に向けると
「私はまだ馬に蹴られて死にたくない。どうぞ幸せに。」
そう言って背を向けるとその場から離れていった。
セイは何とか収まったと思い、全身の力が抜けて思わずその場に座り込みそうになった。
「か、神谷さん。大丈夫ですか?」
セイの体勢が崩れた事に気付いて総司は腕を掴んで抱きとめた。
そしてセイの耳元で安堵の溜息をつくと
「良かった・・・・。」
小さく呟いた。
セイは今の自分の状況に一気に顔を真っ赤にさせると
「あ、あの。沖田先生、どうして此処に?それにあの言葉。」
先程真剣な姿を見ていて、どうしても尋ねてしまう自分が悲しいが
幾度と無く天から地へ真逆さまに落ちている経験から致し方が無い。
なんとも悲しい性ではあるが、どうしてももう一度総司の口から聞きたかった。
そしてちゃんと自分の気持ちを総司に伝えたかった。
胸を高鳴らせながら恥ずかしそうにチラッと総司を見れば、
総司は今の自分の行動に我を戻したのかパッとセイを胸から離し
「あ、あの。これは・・・ですね。なんて言うか。
か、神谷さんお見合い困ってるんじゃないかと思って・・・。」
真っ赤な顔をして指遊びをしながらしどろもどろに言っている。
先程までの態度が嘘のよう。
セイはその言葉を聞いて、ガクッとなった。
(て、それだけ?!)
何時もと同じオチ?!と目の前がガラガラと崩れ落ち真っ暗になる。
余りの衝撃によろめいていると、総司はセイの両肩に手を置き、体を支えた。
「それに、私だって大切な人が取られそうな時にじっと帰りを待っているなんて
出来ませんから。」
照れくさそうに耳の元で囁くとそのまま後ろからギュッと抱きしめた。
セイは真っ暗闇から今度は、かああと真っ赤に染まる。
「さっき神谷さんが言った事、本当ですか?」
急に真剣な声色で抱きつきながら総司が尋ねた為、セイは緊張して声が出せず
只、コクリと頷いた。
その仕草を確認すると
「じゃあ、他の人の物にはならないと約束してくれますか?」
今度は熱の篭った声で総司は囁く。
セイは信じられない程高鳴る自分の心臓の音を聞きながら
「はい。約束します。」
そっと呟いた。
そして暫く2人はそのまま抱き合ったまま幸せを感じていた。
「とに、あいつ何処行きやがったんだ?帰りたくても戻ってこないと帰れん。」
土方は面倒臭そうに廊下を歩きながらセイの姿を探していた。
先程見合い相手が1人で戻ってきたと思ったら、今回の見合いは破談にして欲しいと
突然切り出された。相手の父親は驚き理由を尋ねたが相手は言わなかった。
どうやって今回の見合いを断ろうかと考えていた土方は、少し残念そうにしながらも
これで面倒ごとは無くなったと心の中で喜んだ。
相手の父親が今回は申し訳ないと謝りながら帰っていくのを、
見送り清三郎が戻ってくるのを笑顔で待っていたのだが。
だがしかし幾ら待っても、清三郎が戻ってこない。
腹が立つが、重い腰を上げたのだ。
歩きながらふと土方は疑問が浮かんだ。
(しかし、あんなに乗り気だった相手がどうして気持ちが変わったんだ?)
見合い話を持ち込んだ相手の熱意を考えると不思議で仕方が無い。
だがしかし土方は直ぐに
(どうせ、あいつの事だ。どんでもないヘマをやらかしたんだろう。)
そう思った瞬間、自分の目にとんでもない光景が身に入ってきた。
信じられなくて、2、3度目を擦ったがどうも見間違いではない。
土方はわなわなと体を震わせた。
しかも体中イボイボを立てながら。
(あ、あれは・・・総司だよな?何してんだ、あいつ。
しかも神谷を後ろから抱きしめながら・・・2人で微笑んで・・・・。
今は女子姿をしているが、神谷は男だぞ。き、気色悪い・・・。
て、もしかして見合い相手が断った理由・・・・。)
そう思ったら思わず大声で叫んでいた。
「そ、総司!!!お前ここで何している。さっさと離れろ〜。」
その怒声は店中響き渡った。
そして屯所に帰ると直ぐ総司を釜茹でされ、
土方は寒気を取る為に、暖かな風呂へと入った。
「土方さん、酷い。相手は約束どおり新撰組の力添えをしてくれると言ってくれたんだから
そこまですること無いじゃないですか・・・。」
総司の言葉は土方の耳には届く事は無かった。
その総司を甲斐甲斐しく看病している清三郎の姿があったのは言うまでも無い。